撮影月日:2005年11月23日
撮影場所:雲南市大東町 須我神社
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簸の川上に於いて八岐大蛇(やまたのおろち)を退治した須佐之男命(すさのおのみこと)は、稲田姫と共にこの須賀の地に至り、美しい雲の立ち昇るのを見て、「八雲立つ 出雲八重垣 つまごみに 八重垣つくる その八重垣を」」*1と歌い、日本で始めての宮殿を作り、鎮った。これが古事記・日本書紀に記載されている「須賀宮(すがのみや)」であり、日本初之宮(にほんはつのみや)でもある。
三十一文字の歌も日本で一番古い歌であり、この地が「和歌発祥の地」の由縁でもあり、また、この歌の中の「出雲」が出雲の国名の起元である。
神々の宿る八雲山-御室山(みむろやま)の中腹にそそり立つ巨石(夫婦岩)、大中小三つの磐座(いわくら)は、古代における須我神社の社地であり、須我神社奥の宮として崇敬され、参拝に訪れる人々を神秘の世界に誘い込む。参道は「文学碑の径(ぶんがくひのみち)」として60基の歌碑句碑が建立されている。 また、八雲山の頂上(420m)からは眼下に宍道湖、中海をはじめ島根半島から弓ヶ浜、東方遥かに出雲富士(大山)を一望できる景勝地でもある。
*1:歌の意味:盛んに湧き上がる雲が八重の垣を巡らす、新妻をこもらせるため八重の垣を巡らす、素晴らしい八重垣よ